2013年11月12日火曜日

綾辻行人『十角館の殺人』


綾辻行人『十角館の殺人〈新装改訂版〉』(講談社文庫/2007年)
(講談社ノベルス版『十角館の殺人』は1987年)

新本格の始まり。国内ミステリの歴史は「十角館」を境に二分される

――ミステリにふさわしいのは、時代遅れと云われようが何だろうがやっぱりね、名探偵、大邸宅、怪しげな住人たち、血みどろの惨劇、不可能犯罪、破天荒なトリック……絵空事で大いにけっこう。要はその世界の中で楽しめればいいのさ。

 冒頭、登場人物の一人が推理小説(ミステリ)について語る。いわゆる「社会派」ミステリはうんざり、というわけだ。作中では要するにOLが殺されて警察が捜査して愛人だった上司を逮捕するミステリなどといったミステリに辟易している。事実、この作品が刊行された当時は社会派ミステリやそれとは趣が異なるがトラベルミステリが主流の時代だったという。
 それらミステリと区別するために作られた言葉が「本格」ミステリだ。島田荘司『占星術殺人事件』などが代表的な作品である。そしてその後ミステリの新しい流れを作ったのが本作だという。 
 これが「新本格」と呼ばれる。実際は同著の十角館の次作『水車館の殺人』の帯で初めて使われた言葉だがその系譜は十角館から始まっていると見て間違いない。
 前置きが長すぎたので本題に……。
 ……というわけで『十角館の殺人』は「島」と「本土」の2パートに分かれていて、それぞれ違う事件が起こる。メインとなる「島」はいわゆる孤島ものであり、登場人物が徐々に減っていく。これはアガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』へのオマージュともとれるがもちろん真相は全く違うものになっている。真相はネタバレになってしまうので避ける。
 読み終えてしまったら終盤に明かされる大トリックに目が行きがちになるが、決してトリックだけに終わらないのもこの作品のすごいところ。プロローグから始まる物語は、一貫してある目的のために練られていた事件であり、シナリオだけ見てもドラマチックな展開を見せる。
 ただやはりシナリオも然ることながらやはりプロットが白眉。この大仕掛けを成功させるプロットは後に「新本格」と称され国内ミステリのそれ以前の作品を過去のものにしてしまうこととなる。いまでこそこのトリックを用いた作品はいくつもあるが、リアルタイムでこの作品を読んだ人は本当に驚いたに違いない。
 ただもう一つ書いておくとこのトリックを考えたのは後に作者の配偶者となる小野不由美ということだそうだ。彼女も十二国記をはじめとするファンタジーや『屍鬼』や『残穢』といったホラーを生み出しているが、よく見ると本作やほかの作品の図版も担当していることがわかる。とどのつまり彼女の協力なしではこの作品は生まれなかったのだ。
 さらに森博嗣から奈須きのこまで、この作品に影響を受けた作家や作品は多数あり、その影響の大きさがうかがえる。
 登場人物の呼び名が海外ミステリ作家の名前だったり、トリックが大胆だったりとミステリの入門編には少々難かもしれないけど驚愕すること間違いなしなので、ミステリを数冊読んでから読んでほしい一冊。

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次回は貴志祐介『新世界より』を予定しています。(日時未定)

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