2014年1月30日木曜日

深緑野分『オーブランの少女』

深緑野分『オーブランの少女』(東京創元社◎ミステリ・フロンティア/2013)

草花茂る美しい庭園とそこで暮らす不完全な少女たち。そこに潜む巨大な怪物と美しき狂気。

――それよりもこの日記が事実なら、あの下らない噂――オーブランの肥沃な土壌は少女の生き血を啜ったからなどという低俗なものや、この庭の本当の名前はオーブランなんて洒落た名前でなく、もっと味気ないありきたりなものだった――などを蒸し返し、オーブランの歴史を、この町の忌まわしき記憶を再び呼び覚ましてしまうのではないかと、私は危惧している。

 『オーブランの少女』は5篇から成る短篇集であり、著者深緑野分はその表題作「オーブランの少女」で第7回ミステリーズ!新人賞の佳作に選ばれた。本作は著者のデビュー単行本である。
 というのも単独名義の単行本としては本書がデビュー作なのだが、短篇「オーブランの少女」は講談社ノベルスの『ベスト本格ミステリ2011』に収録されているので雑誌『ミステリーズ!』を購読していなくてもコアなミステリファンなら既に手元に置いてあるかもしれない。著者のコメントも掲載されているので気になったら是非。

 さてさて、私がこの『オーブランの少女』を読んだのは実は今年になってから。買ったのも昨年の暮れに表紙買い。もちろんあらすじも見て、至極単純に「面白そうだな」と思い購入したので、恥ずかしくも著者名である深緑野分(ふかみどり のわき)も読めなかった。しかし、である。実は買った本はわりと積んでしまうことが多い私だが、買ってから読むまでわずか2週間ほどであった。それはこの本に言葉では著せない何か魅力のようなものがあったからだ、と読み終わった今だからこそわかる。この本に収録されている物語はそれぐらい魅力的で、かつ面白かった。
 収録されている作品と出典は以下の通り。
・オーブランの少女(ミステリーズ! vol.44 2010.12)
・仮面(ミステリーズ! vol.53 2012.06)
・大雨とトマト(書き下ろし)
・片想い(書き下ろし)
・氷の皇国(書き下ろし)

 ここから以下は各話の数行の簡単なあらすじとちょっとした感想が含まれているので全く情報のない状態で読みたい方は注意。
「オーブランの少女」
 美しい庭園が広がる地、オーブラン。色とりどりの花々が咲く場所で、想像も絶する事件が起きる。その真相は謎に包まれるが実はその背景にはある二人の少女が強く関わっていた。甘美な舞台に隠された壮大な恐怖と凄惨な真実とは。
 短篇集における一作目の役割はいかに読者を本に引き込むか、だと思う。本作はその役割を充分に果たしているとはっきり云える。魅力的な舞台に可憐な登場人物たち。しかしどこか影があるという謎。その見目良い舞台で起きる惨劇は、かくも美しいものなのかと思わざるを得なかった。もちろんそれだけにとどまらずミステリの核となる真相はスケールが大きくて無力感すら覚える。もう今年ベスト級の作品が出てきてしまった、と驚嘆するばかりである。
「仮面」
 医者は雪の中を一軒の邸宅を目指して進む。ある計画を遂行するために。そして、ある幼い姉妹の幸せのために。
 綿密なプロットとそれにぴったりな舞台や登場人物。タイトルがいかに秀逸か読み終えてからわかった。ついつい物語のその後を想像してしまう一作。
「大雨とトマト」
 大雨の日の萎びたレストラン。客は常連だが素性のしれない陰気な男と、トマトが食べたいという突然現れたもう一人。少ないページ数にほぼ変わらない舞台でめまぐるしく変わる心理状態。そして真実は驚くべき地点へと着地する。
 結末には薄々気づいたがそれでも引き込まれ、驚き、納得した。20ページ程度なのにとても印象に残った。
「片想い」
 女学校の寮で暮らす平凡な容姿の主人公と容姿端麗な親友。たくさんの女生徒から恋文をもらうも親友は、しかしどの返事も首を縦に振ることはなかった。親友は主人公にも云えない重大な秘密を抱いていたのだ。
 緻密なトリックに思わず唸った一作。著者は少女を描くのが本当に上手いと思わせられた。
「氷の皇国」
 舞台は寒冷地の小さな漁村。ある日漁のための網に小柄な体躯の首なし死体がかかる。その日の酒場でその話題になっていると片隅の吟遊詩人が心あたりがある、と、在りし日の王国の話を始める――それは誰もが予想しえなかった壮絶な歴史だった。
 ファンタジーかと思いきやこてこての本格ミステリ。皇帝、皇女、皇子の住むお城という幻想的な場所で起こる事件。紆余曲折を経て迎えられるその怒涛の推理パートは読んでいて気持ちが良かった。収録作中最長だけど一気読み必至。

 すべて読み終えた感想は温かい溜め息と共に出る「素晴らしい」の一言に尽きる。全篇に少女が登場して物語の鍵を握るのだが連作ではない。しかし、新人離れした世界観とそこを舞台にしたミステリに巧みな手法はミステリ好きにも少女好きにも単に面白い物語が好きな方にも自信を持って薦めることができる。著者、深緑野分の新作が出たらいち早く何としても読みたい。この本のおかげで本読みとしての楽しみが一つ増えました。

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次回は長沢樹『消失グラデーション』を予定しています。2月上旬から中旬に更新予定。

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