2014年1月16日木曜日

殊能将之『ハサミ男』

殊能将之『ハサミ男』(講談社文庫/2002年)
(講談社ノベルス版は1999年刊行)

探偵役は自殺願望のある殺人鬼。巧みな描写と博識な雑学が光る第13回メフィスト賞ミステリ。

――ハサミ男は残虐な殺人鬼であり、殺された少女は無垢な存在でなければならなかった。

 これは第13回メフィスト賞を本作で受賞した殊能将之氏のデビュー作である。
 その殊能氏が昨年2013年2月に逝去したことは佐々木敦氏の以下のツイートで発覚した。

 当時、殊能氏が亡くなったとの情報はこのツイート以前にはどこにも漏れていなかったのでこれが世間への第一報となった。もちろん佐々木氏は確かこれが第一報だと知らずにつぶやいたのだったと思うが、これによってミステリ読みが受けた衝撃は強かった。だが他に情報源がなかったため半信半疑である者が多数であり、皆これを信じたくなかった、と思う。少なくとも私はそうだった。
 だがその後大森望氏らも同様のツイートを行ったことで信じざるを得なくなった。ミステリ読みらは1日早いエイプリルフールであることを願ったが結局それらは真実だった。

 発表した長編小説はわずかに『ハサミ男』、『美濃牛』、『黒い仏』、『鏡の中は日曜日』、『樒/榁』*、『子供の王様』、『キマイラの新しい城』の7作のみだが特に今回取り上げる『ハサミ男』や『黒い仏』はミステリ界も決して無視できない存在感があった。創作活動に関しては小説だけではなく、音楽の動画投稿なども行っていた殊能氏が小説をまったく発表しなくなってもミステリファンは氏の新作を待ち続けていた。そんな中での訃報だった。
*『樒/榁』は文庫版『鏡の中は日曜日』にも収録されている。

 さて本作『ハサミ男』だが、ネタバレが致命的になるミステリなのであまり詳しく紹介できないというのが本音。もっとも肝になっていると思われているトリックはあくまでも「トリックも真犯人も、半数以上の読者が途中で見破るだろうと覚悟していました」とメフィスト2013VOL.3掲載の『ハサミ男の秘密の日記』で氏は言っているのでミステリを読み慣れている読者はその見当がつくかもしれない。だがそれが解ったぐらいでこの小説の面白さは減りはしない。
 実は私はネットでその致命的なネタバレを見てしまった上で読んだのだが、それでも充分楽しめたし、それでもその見当はついた。しかし、それは犯人がだれであるとか、「ハサミ男」とある人物の会話が非常に興味をそそられたとか、私がネタバレされた主要トリックを差し置いてもなお物語がとても面白い小説になっている上、詳しくは書けないがそれだけのネタバレでは捉えきれないほどトリックがよくできている。だからネタバレを見てしまったぐらいで読むことを辞めてしまえるほど単純な作品ではないのだ。上記の『ハサミ男の秘密の日記』ではまた氏は「わたしの意図としては、その後の趣向と展開でびっくりしてもらえればいいと思っていたので」と語っているのでやはりネタバレなんて些細なものなのだ。実際の面白さは実際に小説を読まなければわからない。ミステリにおけるトリックや真犯人も超えたところにこの『ハサミ男』の真髄があるのだ。
 また、このミステリは殺人鬼である主人公が自殺未遂を繰り返したり、犯人を見つけるために奔走する姿は殺人鬼であるもののどこか愛らしく、シリアスなはずなのにコミカルに読めてしまえる。しかしハサミ男の視点と事件を捜査する警察の視点との他視点小説であるため、物語が進むごとに2者の距離がどんどん近づいていく描写にははらはらさせられてしまう。単なるミステリでなくエンターテインメント作品の要素も強い所がさすがメフィスト賞。最後の場面も印象的でとても綺麗に終わっている。
 さらに作品中には海外ミステリから医学まで様々な雑学が散りばめられており、それもまた物語に奥行きを演出している。これにより作者が博識であるという事も垣間見える。
 しかしその作者はもうこの世にはいない。
 享年49歳。小説を発表しなくなったとはいえまだ若いミステリ作家だった。ミステリファンはいつ殊能氏の新作が発表されるか心待ちにしていたが、今はただご冥福を祈るしかない。
 最後に氏の最後のツイートを。

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次回は深緑野分『オーブランの少女』を予定しています。

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