2014年2月11日火曜日

長沢樹『消失グラデーション』

長沢樹『消失グラデーション』(2011/角川書店)

10年代青春ミステリの大傑作。タイトルの意味が解るとその秀逸さに鳥肌が立つ。

――残酷だね、椎名は。彼女に対しても自分に対しても。

 第31回横溝正史ミステリ大賞を受賞した本作。ネット上に公開されている選評を閲覧してみると選考委員の綾辻行人氏、北村薫氏、馳周星氏、三者全員の支持を受けて受賞している。にしても審査員たちのコメントがどこか謎めいているが、これは実際に読んでからのお楽しみ。

 前述のとおりこの作品は青春ミステリである。というわけで舞台は高校、となれば登場人物のほとんどが高校生である。不審者が学校に侵入しないか監視する2年生・樋口真由とそのクラスメートであり同じく2年生の主人公・椎名康が対峙する場面から物語は始まる。椎名は同じバスケ部に属しているこれまた2年生の網川緑が屋上から転落してそのまま「消失」してしまった現場に遭遇し、樋口と共に捜索することになる。何故彼女は消えてしまったのか。そして驚愕の真相とは!? ――といったところ。
 探偵役は樋口だが本編は主に椎名の「僕」という1人称で語られ、網川を見つけるために樋口の手助けをする。つまり男女で所謂ホームズ役とワトソン役をする構図に近い。学園ミステリで男女がペアを組んで事件を捜査するという構図は乙一の『GOTH』や米澤穂信の〈小市民シリーズ〉、綾辻行人の『Another』などなど前例はたくさんあるので目新しさは感じられないかもしれないが、それは新しいペアが誕生したということで。青春本格ミステリと帯に銘打ってあるのでこのような配役はベターではあるが、それはつまり定番でもあるので読者は容易く物語に入っていくことができるのである。

 ネット上のレビューを見ると厳しい評価も目に付く。私もこのトリックを知ったときには「あるミステリ作品」を彷彿させられた。しかし、それを踏まえてもこのトリックは成立しているし、正直言ってバスケだけに第4Qにノーマークだった選手を通してキラーパスがシューターに渡りブザービートを決められたといった風なので私は驚愕した。レビューは主としてこのトリックによる賛否を論っているが、そんなことは無粋だ、と私は思う。作者のデビュー作なので文章が多少荒削りという印象は確かにあったものの批判するほどではないし、トリックを差し引いても、都合が良いとしても、この作品は確かに登場人物たちそれぞれの青春の痛みを正確に切り出している。つまりしっかりとした物語という土台があるのだ。優良なミステリは面白ければそれでいいのである。大胆なトリックと絵空事で大いに結構なのだ。
 さて、タイトルの『消失グラデーション』。私はこの本を読み終え、閉じる前に何気なく目次の1つ前のページにあるタイトルを見たのだが、そこでタイトルの意味に気づき、全身が泡立った。だがそれを説明するのは私のエゴなので読んだ方が気づけばいいことである。
 また、この作品には続編『夏服パースペクティヴ』があり、そこでは探偵役・樋口真由の過去が描かれている。本作とは全く違う物語・トリックなので本作を読んだらチェックしてみていいだろう。ただ、読む順番は本作の後でないと本作の核心を知っていなければよくわからないシーンがあるので注意。現在この2作が「樋口真由“消失”シリーズ」と銘打たれてあるのでこれからも期待したい。
 青春・学園・本格ミステリが好きな人には是非おすすめできる作品。今月末に文庫版が刊行される予定なのでより多くの方に行き渡ることだろう。これからこの作品が新時代青春ミステリのスタンダードになる可能性は大いにある。

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次回は桜坂洋『ALL YOU NEED IS KILL』を予定しています。

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