2014年4月29日火曜日

歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』

歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』(文藝文春・2003年)
(文春文庫版は2007年刊行)

ラストまで読んで初めてタイトルの意味が解る。ゼロ年代を代表する予測不能な驚愕のミステリ。

――最近、桜の木を見たことがあるか?

 読んだのは数年前だが今回ここに記すにあたって軽く読み直した。この作品のトリックは完璧に覚えていたのに、やはりラストに向かうにつれて鳥肌が立った。ある地点まで来るとこの作品の世界が徐々に音を立てて崩れる音が、確かに聞こえる。未読の方は「何を言っているんだこいつは」と思われるかもしれないが、読んだ方には分かってもらえる……と信じる。

 本作は著者、歌野晶午の代表作となっており、ミステリのオールタイムベストである東西ミステリーベスト100にも国内編にランクインをしている。また、このミステリーがすごい!2004年度版1位、本格ミステリベスト10・2004年度版1位、第57回日本推理作家協会賞、第4回本格ミステリ大賞第1位と、この年のミステリの賞をほとんど獲得している。それはこの作品が如何に優れたミステリであるかを証明している。
 穏やかに始まった物語は徐々に加速度を増す。かと思えば主人公の過去の話になったり、人情話も出てくる。しかし数多の伏線を含んで進行していく物語は、誰も予想しえない地点に着地し、物語の世界の全容が明らかになる。
 はっきり言って、このトリックを長編小説でここまでの完成度を誇る作品というの他にない。読んでしまったら至極単純なトリックを誰にも見破られずに種明かしのページまでページを捲らせることはまったく簡単なことではないのだ。短編ならもっと簡単な物語で充分に成立させることができたであろうこのトリックをあえて長編で試み、高い完成度を極めた本作は(賛否両論が顕著であるものの)国内ミステリの歴史に残る作品に相応しいといえよう。

 と、ここまでトリックについてしか語っていないがもちろん魅力は他にもある。主人公、成瀬のキャラクターもなかなか良い。女好きだけど若手や女性から頼りにされている彼を主人公に据えたという点で本作はハードボイルドミステリともいえるだろう。
 もちろんストーリーも素晴らしい。トリックが衝撃的な作品であるゆえに、ストーリーがくすんでしまっているという作品もなきにしもあらずだが、この作品はそうではない。ミステリと限定しなくてもエンタメ小説のような読み易さや疾走感まである。そしてあの着地点。実に見事であり、タイトル同様に美しいのだ。
 そのタイトルであるが、『葉桜の季節に君を想うということ』。やはりなかなか美しい日本語である。それがどうしたのか、と思われる方も多々いるだろうが、そう思われるあなたこそこの作品を読んでいただきたい。そしてまさに今の時期に花弁に代わって桜の木に茂っている葉に思いを馳せてほしい。その理由はこの傑作に書かれているのである。
 最初の1行で少々嫌悪する方もいるかもしれないが、すべては表紙のタイトルから始まっているのである。無理にとは云えないが、最大級の驚きは確証するので普段ミステリを読まないという方にもおすすめ。しかしまさかミステリ読みで本作を読んでいないという方はいませんよね?

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次回はアルベール・カミュ『異邦人』を予定しています。

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