米澤穂信『満願』(新潮社・2014)
人間に秘められた「願い」を探るミステリ短編集。心裡はかくも残酷に、しかし綺麗に具現化する。
――「いえ。これで目をつむっていただきましょう」
と言って、違い棚の達磨に後ろを向かせた。
現代ミステリ界のヒットメーカー米澤穂信の最新作(本文章作成現在)であり、山本周五郎賞受賞作。ノンシリーズの短篇集としては『儚い羊たちの祝宴』以来2冊目であり、作風もその『儚い~』に近いものとなっている。しかし厳密には連作短編集であった『儚い~』とは違い、完全に独立した6篇を収録した短編集であり、この試みは作者18冊目にして初である。また『儚い~』ではいくつかの時代で生きる少女・女性が語り手であったが本作はすべて現代が舞台であり、語り手も性別・職業も様々である。この点は作者が作家としてさらに成長し、今後さらに飛躍することを窺わせる。しかしフィニッシング・ストロークの手法や作品に漂うどこか不穏な雰囲気といった要素は『儚い~』から踏襲されているので『儚い羊たちの祝宴』を読んで気に入ったという方には本作を大いに薦めたい、また本作『満願』を読んで『儚い~』を読んでないという方には是非『儚い羊たちの祝宴』を薦めたい。
しかしどちらも短編ミステリの傑作選であるので勿論ミステリ好き、またホラー作品が好きな方でも存分に楽しめるだろうし、文学的な語り口は新しくミステリを開拓するにも打って付けの作品といえよう。傑作揃いの短篇集なので少しでも気になったら読んでもらいたい。
以下は収録作とそのあらすじの簡単な紹介。ネタバレはないつもりですが予備知識なしで読みたい方にはおすすめしませんのでとばしてお読みください。
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「夜警」
主人公の同僚である警官の葬儀からはじまる物語。彼はなぜ死ななくてはならなかったのか。人間の業の深さというかなんというか、この短編集のトップバッターに相応しい。
「死人宿」
自殺の名所となってしまっている宿で見つけた「ある物」の持ち主を探す日常の謎形式の作品。終盤は鳥肌が止まらなかった。
「柘榴」
美しき女性とその子供である女子中学生二人。女性の夫=子供の父親は容姿端麗。この奇妙な家族の辿る運命とは。本短編集でも随一の読後感。
「万灯」
海外で働く男。彼の仕事は海外の資源を日本に持ち込み、売ること。その資源をめぐる壮絶な物語と予想不可能な結末は心に深く残る。
「関守」
ライターのもとに届いた仕事は都市伝説の記事を書くこと。彼はとある都市伝説のある地域に向かう。じわじわとした雰囲気は恐怖と安息が奇妙に混ざり合う。
「満願」
表題作にして、大傑作。淡々と静かに進む物語に潜む「願い」。主人公が大学時代にお世話になったある女性。主人公は彼女の弁護士として裁判に臨む。
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本ブログの前半では『儚い羊たちの祝宴』と比較して記したが、勿論それを読んでいなくても存分に楽しめる。読み易い、しかしはずれなしの完成度の高いミステリ短編集というのは意外とないのでその点でも本作は今年を代表するミステリ作品になるだろう。収録作の中には短編でなく長編で読みたい作品もあるので、次は米澤先生の新しい長編作を楽しみに待つことにしましょう。
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次回は道尾秀介『向日葵の咲かない夏』を予定しています。
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