それを知れば世界が変わる――森羅万象を知っていた彼女が知りたかった=誰も知らない唯一のこと。
――《知る》と《生きる》は同じ現象ですよ。
先に述べておきたいのは、この作品は今年(2013年)に刊行された小説でもおそらくかなり面白かった部類に入ると思う。少なくとも私が読んだ本の中では1番面白かった。これを読むまでは同じSFの別の作品が1番で、これを超える作品は少なくとも今年中は出ないだろうと思っていたが、この作品を読んだら今年のベストはもうこの本しかないとまで思える作品だった。
最近の――いわゆる「伊藤計劃以後」と呼ばれる――SFはそれまでの国内SFとは違うジャンルを扱うようになったように思う。伊藤計劃は『虐殺器官』と『ハーモニー』のたった二作でSFの形を変えたと云っていいかもしれない。彼については別の機会に詳しく記すことにするとして、本作『know』で注目したいのはこの後者『ハーモニー』である。『ハーモニー』は人間の意識/無意識がテーマであり、人間とは何かを問うている。意識を肉体と切り離したテーマはそれ以前にも例えば小林泰三が「盗まれた昨日」(『天体の回転について』収録)で扱っているが、それとはまた別の壮大なストーリーを展開させ、完全無比なディストピアを構築していた。今年刊行されたものでは宮内悠介の『ヨハネスブルグの天使たち』でも意識が重要なテーマになっており、これも非常に面白かった。
本作はその「意識」を発展させた「知る」という感覚を大きく扱っている。
近未来の京都を舞台にした本作は「知っている」か否かはネットで検索できるか否かと同義であり、私たちの使う「知っている」とは違う。これはほとんどの人間の脳に「電子葉」というものが取り付けられており、これにより私たちでいうところのPCや携帯端末などからの「検索」が考えるだけでできてしまうからだ。これには視界にモニタが表示される機能もあり、イメージとしてはデバイス不要のグーグルグラスに近い。この設定は前述の『ハーモニー』の「WatchMe」や「盗まれた昨日」での学校では記憶力ではなく理解力を問うという設定を連想させる。この作品の世界では「知る」ことがそれぞれの人の階級によって制限されており、つまり「知る」ことが支配されているといえる。例えば、階級が低ければ、個人のプライバシーでも階級が高い人の「知る」権利により公開されてしまい、高ければ国の機密でさえ「知る」ことができる世界だ。
電子葉によりあらゆる情報が得られるようになった超情報化社会を舞台として描かれた本作は2081年という設定だが現在と近未来が交差する世界を見事に描写しており、実際に近未来の古都・京都を容易にイメージすることができ、そこを実際に歩いているようで非常に楽しい。さらにある場面から登場する「彼女」が加わると物語がいよいよスタート。彼女が非常に魅力的であり、あとは手に任せてページを捲るだけ。そしてラストに関しては最大級の賛辞を送りたいほどだった。
作品の細部にいたるまで徹底的に行き届いた設定は物語に厚みを加えており、実際にこんな未来になるかもしれないと思わせられてしまう。さらに登場人物も無駄な存在が一切なく、それらも物語に色彩を加えている。作者の書いた他の本も読みたい(是非MW文庫の重版をお願いしたい……)。
あなたが今読んでいるこの長々とした単調で稚拙な文章をここまで読むことができれば本作を読むことは造作もないはずなので、普段本を読まないだとか、読むけどSFはちょっと……という方にも是非薦めたい一冊。
↓冒頭50ページが公開されているようです。『know』は350ページ程の本なので早川書房さん太っ腹です^^
【拡散希望】各紙書評で絶賛され「本の雑誌増刊 文庫王国2014」で第2回オリジナル文庫大賞を受賞した『know』(野﨑まど著)。その冒頭50ページを特別公開いたします。年末年始に読む本を検討中の皆様、ぜひ試し読みをしてみてください! http://t.co/I3hA089qrC
— 早川書房 (@Hayakawashobo) 2013, 12月 27
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次回は殊能将之『ハサミ男』を予定しています。
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